50代の頃には、20~30年先のことはほとんど想像できなかった。その時、存在しているのかどうかも確信が持てなかったのである。それほど未知の領域にあったことを示す証拠が残っている。2006年5月23日のブログ記事である。
牧野富太郎を再発見 REDECOUVRIR TOMITARO MAKINO, BOTANISTE
この写真にあるように、78歳の牧野は樹の間から顔を出し、口を大きく開けておどけているように見える。当時のわたしのコメントは、以下のようになっている。
「こんなことが80歳近くになってもできるだろうか、と自問する。もしその時があれば、この記事を思い出してみたい。」
まさに今、「その時」なのだが、牧野の表情に何の驚きも感じない。ひょっとすると、そのようにこの人生は過ぎていくのかもしれない。20年後の感想である。
(2026年6月4日)
フランスに渡る4年ほど前(2003年頃でないかと思う)、この人生を生きる上で最も重要だと思われる気づきを得た。その経緯は、拙著『免疫学者のパリ心景――新しい「知のエティック」を求めて』(医歯薬出版、2022)にあるので、ここに引用したい(9–10ページ)。
ここで、フランス語を始めて2年ほどしてあった重要な遭遇について触れておきたい。それはモーリス・ブランショ(1907–2003)という作家で哲学者の著作を科学者の目で眺めている時のことであった。まず、そこに書かれてあることがよく理解できなかった。わけの分からない問題を考え、議論することにどれほどの意味があるのかという素朴な疑問が現れ、そのようなことをして死んでいくことに憐れみを伴う違和感が湧いてきたのだ。その時であった。重要なことはそこにはないと直観したのである。重要なことは、その人間が重要だと思う問いについて、その人間が考えたやり方で立ち向かうことではないのか。それこそが、その人間に特有な何かを露わにする試みであって、それ以外ではない。そこに自由を見、人間はそのように生き、そして死んでいってよいのだと理解したのである。それは一瞬で辿り着いた悟りと言ってもよいものであった。それこそが、その人間が持つ創造性の発露に繋がり、そのような生き方をする人が増えれば、自ずと個人の多様性を当たり前のこととして受け入れる社会が生まれるのではないか。
この忘れられないブランショとの出会いがもたらした悟りは、今日に至るまでわたしの歩みを深いところから支えてくれていたように感じている。
(2026年5月21日)
近著『生き方としての哲学:より深い幸福へ――アドー、コンシュ、バディウと考える』(ISHE出版、2025)において、これまでの人生を総括したところがある(113–114ページ)。以下に引用したい。
人生をある程度歩んでくると、これまでを振り返る機会が増えてくる。その結果、最近のことであるが、わたしの人生の大きな枠組みが浮かびあがってきた。これはわたし個人のものなので、特別ではあるが普遍性はないかもしれない。大雑把に言えば、次のようになる。
それは、およそ20年単位で人生のフェーズが変わったということである。最初の20年は、人生を歩み始める準備段階で、多くの時間が教育に充てられた。これを第1期とする。次の20年は、専門職として生きていくためのトレーニング期間とも言えるもので、わたしの場合、大学の学部教育から大学院教育を受けた後、アメリカの研究機関での研究生活などに充てられた。これが第2期である。そして第3期となる次の20年が、実際に独立した専門職として仕事をする期間であった。人によっては、この期間を延長することもあるようだが、わたしの場合、数年間の模索の結果、それまでの歩みを振り返るための全的観想生活に充てる第4期に入ることにした。ここで「全的」としたのは、上述のように、専門領域を離れて、人間として考えるべき問題について広く考えるという意味合いであった。
この第4期をもう少し詳しく見ると、最初の10年は思索生活のための準備期間だったように見える。パリ大学のマスターコースとドクターコースで哲学の教育を受けた後、トゥール大学で招聘研究員をしながら思索のスタイルを模索していた。それから現在に至る8年は、それまでの蓄積を解きほぐし、思想の塊としてまとめるという作業に充てられており、本書もその一環として捉えることができるだろう。これらの過程はあらかじめ計画されたものではなく、振り返ればそういうことであったというだけである。コンシュの表現を借りれば、自然がそうであるように、芸術家あるいは詩人のように歩んできた結果がそうだったということになる。
この分析によると、現在は第4期の後半に在るということになる。この見方を若干修正してもよいのではないかという考えが浮かんだ。それは次のようなことである。第4期前半の10年を、科学者におけるトレーニング期とした第2期に相当するものとして独立させてもよいのではないかというものである(換言すれば、全的観想生活者としての第1期になる)。そうすると、第5期(科学者における第3期、全的観想生活者としての第2期)の前半を今過ごしていることになる。このように考えると、今までとは違った絵が浮かび上がってくる。上の引用にもあるように、芸術家や詩人のように「いまここ」を生きることが中心にあるので、先を見越しての考えはすぐに意識下に沈むことになるだろうが、「いまここ」を支える力にはなるかもしれないと考え、メモすることにした。
(2026年5月15日)

